商品コード:1421-057[ARION] B.オードブール(cemb) K.レーデル/ W.F.バッハ:/Cemb協奏曲1番Falk.41, Cemb協奏曲3番Falk.43
商品コード: 1421-057
商品詳細:ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ( 1710 - 1784)はヴァイマルに生まれたヨハン・ゼバスティアン・バッハの長男である。別名「ハレのバッハ」、「ドレスデンのバッハ」。即興演奏と作曲の天才と認められていたにもかかわらず、収入と雇用は不安定で、貧困のうちに世を去った。父親のバッハに最も溺愛されており、1720年の《ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集(ドイツ語版) 》は、題名からも明らかなように、フリーデマンの音楽教育のために特に作曲されている。ライプツィヒで教育を受け、1729年には父の友人のヨハン・ゲオルク・ピゼンデルの仲介によってピゼンデルの元弟子でメルゼブルクのコンサート・マスターを務めていたヨハン・ゴットリープ・グラウンに師事してヴァイオリンを習っている。1733年にドレスデンの聖ソフィア教会の、1746年にハレの聖母教会 (Marktkirche Unser Lieben Frauen) のオルガニストに就任。ハレに就職するにあたっては、父親が睨みを利かせたため、通常の演奏試験なしで採用されている。1750年に父親が世を去り、フリーデマンの生活から父親の威光が失われると、ハレでの生活が不幸なものとなり、別の任地を求めて頻繁に各地を旅するようになる。1762年にダルムシュタットの宮廷楽長に任ぜられるが、ある理由からその地位に就任しなかった。2年後の1764年に、いきなりハレの地位を捨てる。自らハレの任務を辞しただけでなく、実際にはその後もどこでも公職に就くことができなかった。その後は最期の日を迎えるまで放浪の日々を続け、貧窮の末にベルリンで死去した。73歳没。膨大な作品数にもかかわらず、出版された量は少ない。整理番号の方式は、1913年にフリーデマン作品の一覧を公表した、マルティン・ファルク(ドイツ語版)によるものである。弟カール・フィリップ・エマヌエルやヨハン・クリスティアン程音楽家としての成功はなかったが、Vnの名手であり、父親の作品《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》全曲を軽々と弾きこなす程であったという。チェンバロ協奏曲はおよそ1733年から1767年頃の23歳~57歳にかけてに作品である。第1番は1733年頃の作曲。ドレスデン宮廷のオルガニストに就任した時期に書かれた。長調作品だが、陰影がある当時の新潮流である「多感様式」が融合した、感情豊かで劇的なコントラストが特徴の過渡期を代表する作品。 第3番 ホ短調は1767年頃ハレ滞在中に書かれたと推測されてとされていて後期作品である。感情豊かな作風と、即興的かつ疾走感のある技巧的なチェンバロの響きが融合した傑作といわれる。ホ短調(E minor)という調性特有の、どこか憂鬱で内省的、かつ情熱的な雰囲気が全体を支配している。オケは大御所K.レーデル指揮ミュンヘン・プロ・アルテ室内o.なので完成度の高い演奏である。
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