商品コード:1416-018[VSM] B.ワルター/ モーツァルト:交響曲38番K.504「プラハ」, 交響曲41番K.551「ジュピター」
商品コード: 1416-018
商品詳細:「プラハ」が1936年、「ジュピター」が1938年のウィーンでのSP録音。いずれもウィーンpo.で、欧州のオケを振った録音。オーケストラのSP復刻がこのコーナーに登場する、稀なケース。SP期のオーケストラは、復刻した時点で生気を失い、LPと同格で聴けるものが殆ど無くなってしまう。しかし、このCOLHシリーズの復刻技術は大変良く、ワルターの演奏は、まったく古さを感じさせないどころか生き生きとしている。フルトヴェングラーでさえ、こうはいかなかった。現代的演奏とほぼ変わらない近代的なスタイルである。当時からワルターの音楽性の志の高さに脱帽する。1930年代はウィーン・フィルの最初の黄金期を迎え、世界で最も優雅な音を出せるオーケストラであった。ウィーン・フィルはこの当時の音を保つために新規メンバーの採用にはオーストリア(ドイツ)人または旧ハプスブルク帝国支配地域出身の男性にほぼ限定されて、さらには主にウィーン国立音楽大学の出身者または先輩団員から直接指導を受けていることを条件とした非常に厳しい試験を設けて、3年の試用期間を経て採用される前からエキストラとしてウィーン・フィルの演奏に参加している者が半数以上いる。1997年に女性ハープ奏者アンナ・レルケスが入団して以降少しずつ女性団員が増加している。1930年代当時は厳格に守られた規則の中で構成された団員であり、復刻LPでさえ確かにその音はとらえられている。ブルーノ・ワルターは1901-1913年にウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めており、以降も頻繁にウィーン・フィルをSP録音を行っている。1947年から1949年の間にニューヨーク・フィルハーモニックの音楽顧問を務めることになるが、以降もウィーン・フィルを指揮して数回演奏会を行っている。1960年にマーラーの生誕100周年記念祭のために最後のウィーン訪問を行い、ウィーン・フィルを指揮した。ワルターのSP録音といえば決まってウィーン・フィルであった。渡米後はカリフォルニア州ビバリーヒルズに居を構え、常任のポストには就かずにニューヨーク・フィルハーモニックやメトロポリタン歌劇場などを指揮した。その後の米COLIMBIAによるステレオ録音と歴史は動いて行く。何より驚くのはSP時代とコロンビアso.とのステレオ録音との間に基本的な差異が感じられない点である。
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