商品コード:1422-018[ETERNA] D.ツェヒリン(pf) モルビッツァーQt. / シューマン:Pf五重奏曲Op.44, 弦楽四重奏曲3番Op.41-3
商品コード: 1422-018
商品詳細:モルビッツァーQt.は、他レーベルに負けない強力な団体。東独における室内楽の至宝。本人は現チェコ領の生まれだが、早くからベルリン国立歌劇場o.の首席メンバー達と四重奏団を結成。リーダーとして、主にロマン派の数曲を録音した。今となっては、どれも大変貴重な録音。ブダペスト、アマデウスQt.等、同時代の団体に比べ、穏やかで古風。SP期のスタイルを引きずる団体だった。これは、中でも珍しいツェヒリンを加えてのPf五重奏。これだけ甘さの際立つ演奏もないだろう。エゴン・モルビッツァー(1927 - 1989)はチェコ共和国オロモウツ州ムルスクレシ生まれのヴァイオリン奏者。1943年にエアフルトのテューリンゲン州立音楽院にウィーン音楽演劇大学から移り、そこで著名なヴァイオリン教師ヴァルター・ハンスマン教授(1875-1963)に師事した。エアフルトでの同級生の中にはピアニストのディーター・ツェヒリンがいた。1946年にツェヒリンはモルビッツァーに同行して、当時ヘルマン・アーベントロートが指揮していたヴァイマル・ドイツ国立劇場管弦楽団のオーディションを受け、モルビッツァーはすぐに首席コンサートマスターに就任した。モルビッツァーはその後、1951年から亡くなるまで、ベルリン国立歌劇場管弦楽団のコンサートマスターを務めた。1953年には、東ドイツ文化省の支援を受けて、ウンター・デン・リンデン国立歌劇場のベルリン国立歌劇場弦楽四重奏団(モルビッツァーQt.)も創設した。ベルリン国立歌劇場管弦楽団のコンマスは自身がリーダーを務める弦楽四重奏団を組閣し、 ベルリンsk.に参加させる伝統があった。モルビッツァーQt.の名称は東ドイツ以外での呼称である。他のメンバーは、ベルント・ミュラー(第2ヴァイオリン)、アルフレート・リプカ(ヴィオラ)、カール=ハインツ・シュレーター(チェロ)であった。モルビッツァーQt.は1956年頃からETERNAに公式のベルリンsk.の付属弦楽四重奏団として、いくつかのモノラル録音を残している。1962年指揮者コンヴィチュニーの推薦でカール・ズスケが ベルリンsk.のコンマスに就任してモルビッツァーとの世代交代が始まると、ズスケも伝統に従い、1965年にズスケQt.を組閣した。ここでベルリンsk.の付属弦楽四重奏団がモルビッツァーQt.からズスケQt.に移り、1965年にモルビッツァーQt.は事実上解散となる。ズスケがベルリンの頂点となり1977年にズスケがゲヴァントハウスo.のコンマスとしてライプツィヒに帰るまでズスケおよびズスケQt.の時代となる。ズスケQt.にはモノラル録音は無く、東ベルリンでのモノラル期はモルビッツァーQt.、ステレオ期はズスケQt.と分けることができる。何方も素晴らしい芸術を残したが、モノラル期にシンパシーを感じる方は多いだろう。そのようなモノラル・ファンにはモルビッツァーQt.を聴いていただきたい。彼ら頃が古き良き時代の東ベルリンの心臓である!エゴン・モルビッツァーの持つロマンチシズムが4人に乗り移ったかのような象徴である。ピアニストのディーター・ツェヒリンはテューリンゲン州立音楽院時代のモルビッツァーの学友であり同じ釜の飯を食った友であった。
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