商品コード:1426-053[COLUMBIA] D.E.アンゲルブレシュト/ ドビュッシー:夜想曲, 牧神の午後への前奏曲, スコットランド行進曲
商品コード: 1426-053
商品詳細:仏Ducretet Thomsonで全集が揃う以前の発売。1954年シャルル・クロ・ディスク大賞に輝いた。牧神は1953年4月、Flソロはフェルナン・デュフレーヌ。夜想曲はドビュッシー音楽祭o.との1934年SP録音が存在する。これはマルセル・ブリクロcho.とのLPでの初回録音(2回目)。3回目は1958年で、フランス国立放送女声cho.となので区別できる。2、3回目はどちらもシャンゼリゼ劇場での録音で、どちらも名演。原点と言えるシンプルな演奏だが、それでいて濃密な空気感が強く漂っている。F.デュフレーヌ(fl)による「牧神の午後への前奏曲」のFlソロは溜息が出るほど見事。夜想曲/牧神の午後への前奏曲/スコットランド行進曲の3曲は仏COLUMBIAが初出となる。この1枚だけ何故かDucretet Thomsonではなく仏COLUMBIA発売となった。1960年頃Ducretet Thomsonからそれぞれ再版された(全4枚シリーズ)。「牧神の午後への前奏曲」はDucretet Thomson:320C 152(+管弦楽のための映像)で再版された。FCX 216と同一カップリングではない。表ツヤヘペラ・ジャケット入りが最初(但し盤質7は滅多にない)。デジレ=エミール・アンゲルブレシュト(1880–1965)はドビュッシー本人と親交が深く、その演奏解釈は「フランス音楽の本質を伝えるもの」として当然絶対的な評価を得ている。自然なテンポ感と、フランスの管弦楽特有の繊細な色彩感はアンゲルブレシュトでなければ出せ得ない世界観である。1905年、国民音楽協会演奏会で指揮者デビュー。ドビュッシーに認められ、1911年「聖セヴァスチャンの殉教」初演の際に合唱指揮者をつとめる。1913年からシャンゼリゼ劇場音楽監督。1920~23年、スウェーデン・バレエ団音楽監督。(ロシア・バレエ団から独立してパリを本拠にした団体)。1919年、パリ合唱協会とコンセール・プレイエル創設。1924~25年および1932~33年、パリ・オペラ・コミーク指揮者。コンセール・パドルー管弦楽団(1928~32)、アンジュ・オペラ(1929~30)の指揮者も務める。1934年、創設されたフランス国立放送管弦楽団の指揮者に就任し1945年まで務める。1945~50年、パリ・オペラ座の指揮者、という経歴を持つ。1953年4月にパリ・シャンゼリゼ劇場にて仏COLUMBIAに録音された3曲こそ、最初のドビュッシー作品であり、1957年まで続くドビュッシー録音の始まりであった。ドビュッシーはシャンゼリゼ劇場( Theatre des Champs-Elysees)又はサル・ド・ラ・ミュチュアリテ(Salle de la Mutualite)のどちらかで録音されている。特にシャンゼリゼ劇場はフランス国立放送管弦楽団の本拠地である。フランス国立放送管弦楽団(現フランス国立管弦楽団)は1934年フランス国立放送専属のオーケストラとして創立した。デジレ=エミール・アンゲルブレシュトを初代首席指揮者に迎えてスタートした(在任・1934 - 1946/1951 - 1958)。1948年シャルル・ミュンシュと6週間のアメリカ演奏旅行を行った。1964年以降は「Orchestre national de l'ORTF」( ORTF=フランス放送協会)となる。1975年、ORTFの組織が7つに分割され、ラジオ・フランスに管理・運営が移管されるに伴い、「フランス国立管弦楽団(Orchestre national de France)」と改称。チェリビダッケを初の音楽監督に迎え注目されたが一年足らずで辞任し、その後は常任を置かずにレナード・バーンスタインやロリン・マゼールが中心となり精力的にその空白期間を埋めた。1977年にマゼールが首席客演指揮者に就任し、翌1978年にこのコンビで来日した。フランス音楽の録音で名高い。とりわけジャン・マルティノンとのドビュッシーの管弦楽曲全集やサン=サーンスの交響曲全集、ロリン・マゼールとのラヴェルの管弦楽曲集、シャルル・デュトワとのルーセルの交響曲全集などは、それらの中でも決定的な名盤の一つとして今なお高く評価されている。
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